言葉拾いは引っ越しました
「言葉拾い」へご訪問下さいましてありがとうございます。
初めてのブログで悪戦苦闘しながら作ってきて ようやく体裁も整ってきましたが、
niftyのブログではやりづらいことも多々ありまして、思い切って引っ越すことに決めました。
記事は順次移していくつもりです。
引越し先はこちらです http://kotobahiroi.seesaa.net/
これからも「言葉拾い」に遊びに来て下さいね。
空凛より
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空凛より
意味としては
地域紛争がぼっ発する可能性が高まるなど、特定地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが世界経済全体の先行きを不透明にすることをいう。(わかりずら!)
geopolitical risk、こちらの方がスッキリか。
米国によるイラクに対する武力行使の可能性が増してくるなかで使われたため、最近では中東情勢の緊迫化を指すことが多くなっている。
最近なにかと地政学リスクという言葉を見聞きするが、世界情勢がきなくさくなってきているということだろう。
沽券にかかわるの「沽券」とは
土地や家屋の権利書のことだった。
江戸時代には、土地・家屋を売買するとき、売主から買主に「沽券」が渡された。
沽券は不動産の権利を証明するものであり、そこから人の価値や地位に転用され、
世間体や品位に差し支えることを「沽券にかかわる」というようになった。
年配の人しか使っていないような気がする。
親展---しんてん
封書に印刷されている「親展」。
「親しみをこめて送ります」なんて勘違いをしていないだろうか。
この「親」には「自ら」という意味があったのだ。
そして「展」は開くという意味。
つまり「自分で展開する」ことで、本人以外の者が開封してはいけない意。
金融機関や明細書などのお金に関するお知らせに記されていることが多いはず。
でも考えると封書って個人的に送られてくるもので、家族でも開封したりしないと思う。
「いただきます」の「いただき」は「頂」--頭のてっぺんのこと。
かつて日本では神に供えた食品を、みんなで分けあって食べる風習があった。
神からの賜り物を敬って、神前から下げた供え物を頭の上に掲げてから食べたのだ。
現在も、果物やいただき物など神棚に供えてから、食する家庭はあると思う。
私の実家や故郷ではそうだ。
だが 神棚がないお家も多いし、そういう風習も薄れているかもしれない。
でも 手を合わせて「いただきます」という感謝の気持ちはずっと受け継つがれて欲しいものだ。
千羽鶴の折り紙ではない。
「折紙」とは
江戸時代、刀剣鑑定の権威だった本阿弥家の出した鑑定書のこと。
その鑑定書が二つ折りの紙だった。
当時 刀にはそれを作った職人の銘がつけられ、名高い刀匠の日本刀は高値で取引された。
ところが ニセ物も多数出回ったため、木阿弥家が鑑定して、真正と認めた刀に鑑定書をつけていた。
似た言葉に「極めつき」があるが、
これも江戸時代、錦絵などに当局の「保証済」という意味で、
丸に「極」の字の印を押したことに由来している。
「杵柄」(きねづか)とは
餅をつくときに使う杵の握る部分のことで、もともとは餅をつく腕前のことを指している。
昔はどの家でも年の暮れには自宅で餅をついた。
杵を握るのは一家の主の役割であった。
ところが隠居の身になっても、ひとだび杵を握れば熟練の腕前を発揮する人もいた。
そこからかつて身につけた技能がイザというときに役に立つことを「昔とった杵柄」
と呼ぶようになった。
幼い頃、親戚が集まって餅をついた記憶がある。
女子供は側で熱い餅を丸める作業。
アンコロ餅といって、小豆を入れる和菓子のようなお餅もあった。
いつの間にか臼が消え、電気餅つき器になり、
そのうち あまりお餅も食べなくなり、お店で買うようになった。
なんだか昔のことを思い出してしまった。
杮落し---こけらおとし
私は今まで何の疑いも無く、
“柿(カキ)落し”と書いて「こけらおとし」と読むのだと思っていた。
「柿」と「杮」はワープロ上では同じに見えるが、
「カキ」は9画、「こけら」は8画の別の字だったのだ。
騙し字みたいだ。
さて「こけら」の意味は、
木を削った木片のこと。
昔の建物は、檜(ひのき)や槙(まき)などの材木をうすく削いだもので屋根をふいて、その上に石などの重しをのせ、最後の仕上げに散らばった木片をはらい落として完成となった。
そこから「こけら落し」は新築の意味になり、やがて新築劇場の落成祝いや初興行を指す言葉となった。
「どんぶり勘定」を 今まで何の疑いも無く、勝手に、
丼でザックリと計ることことだと思っていた。
しかし「どんぶり」と器の「丼」はまったく無関係で、
かつて職人などが身につけていた「胴巻き」のことを指している。
江戸時代から戦前にかけて、職人らは胴巻きをつけ、
そこに煙管などのタバコやマッチ、小物、小銭を入れていた。
そしてこの「どんぶり」からひょいひょいと小銭を出す様子から、
計画もしないで適当にお金を使う意味になった。
そういえば昔はおじいちゃん達が普通に腹巻をしている姿を目にしていた。
ステテコに腹巻、寅さんスタイルだ。
牛耳る---ぎゅうじる
牛耳るの由来は、
古代中国の春秋戦国時代に、諸侯が同盟を結ぶ際、
牛の耳を裂き、みんなで生き血をすすって誓い合ったという故事による。
そこから、同盟の盟主にんることを「牛耳を執る」というようになり、
転じて、組織や団体を思い通りに動かす立場に立つ意味に。
ヤクザ映画に、自分の腕を傷つけて血判をする場面があるが、
今もそういう儀式が存在するのだろうか?
「どうも」はどんな時にも使える便利な挨拶語だ。
「どうもありがとう」
「どうもすいません」
「どうもお世話になります」
・ ・ ・ ・ ・
など 胴が略されて頭だけが残ったものだが、
「どうも」だけでは言葉が足りないと思うのか、
「どうも どうも」と重ねる形が多い。
「こんにちは」もどんどん 短縮される傾向にある。
↓
「こんちわ」
↓
「ちわー」
↓
「チーっス」 笑
易きにつく---やすきにつく
*
努力や工夫を避けて、手っ取り早い道を選ぶこと。
*
現代はあらゆる面で 易きにつく生活をしていると思う。
食事だけ見ても、レトルトに冷凍にあらゆる料理向けの調味料。
すべてセッティングされて売られている。
物やサービスが行き届きすぎていて工夫する余地がなくなっている。
便利と時間をお金で買って得した気になっているが、
手間をかける楽しみ、考える時間を失っているのかもしれない。
土壇場---どたんば
土壇場は首切りの刑場のことだった。
それで最後の場面、せっぱつまった瞬間の意味に。
ものすごく納得。
少しばかり過去をさかのぼれば、そういう歴史があったのだ。
私の故郷 長崎のとある町には昔「人柱」の風習があった。
神への捧げもとして人が生きたまま埋められたのだ。
人柱があったとされる場所には霊が出るという噂が、子供の間でささやかれていたものだ。
霊の話しはともかくとして、町の史料にも人柱の話しはちゃんと記されている。
日本後には物ごとに数える単位が異なっていてやっかいだ。
机・椅子--1脚
うどん---1玉
うさぎ---1羽
豆腐----1丁
くらいはついていけるが、
鏡-------1面
帯-------1本、筋、条
額-------1面、架
織物-----1反、匹
掛け軸---1幅、軸、対
海苔-----1帖、かん、枚
鋏-------1丁
壷-------1口、個
櫛-------1枚
などはなかなか出てこないと思う。
いっそのこと全部 「2鏡」とか、「3帯」みたいに みんな後ろに名前をつけるようにすればいいのに。
一粒万倍--いちりゅうまんばい
私は字を見た瞬間、グリコのキャラメルのことかと思った。
まじめな四字熟語。
一粒の種子をまけば、その万倍もの粒となって返ってくること。
最初はわずかなものが、非常に多くの利益をもたらしてくれること。
「おさめる」の漢字は収める、納める、治める、修める、とあり
「修める」以外は 使い分けが難しい。
・争いが収まる
・暴動を治める
・怒りを収める
・気が治まる
いやーいろんなおさまり方があるものだ。
それぞれの熟語を思い出してみると区別しやすいかも。
収める---収得・収容・収拾
納める---納付・納入・納会
治める---統治・治安・治療
修める---修身・修業・修得
華奢---きゃしゃ
*
ほっそりとして弱々しいさま
*
ずっと華奢な女の子があこがれだった。
私は骨太なので、がんばって痩せても華奢にはなれないから。
でも今は華奢よりも しなやかなグラマラスにあこがれる。
ある調べによると“生物学的”にモテル女性の比率というのは7:10だそうだ。
どこの比率かというと、ウエストとヒップ。
これは痩せてるとか太っているとかに関係なく比率が大事。
すかさず計算してみたが、やはり程遠い ・ ・ ・ ・
伸るか反るか---のるかそるか
これも漢字が浮かばない言葉でないかと思う。
私も「のるか」は“うまい話にのる”のように思っていた。
「伸る」は前にかがむこと、「反る」は後ろにそること。
つまり成功するか失敗するかは、一か八かという意味。
話はそれるが、
人によって前屈が得意な人と後屈が得意な人がいるような気がする。
私は前のほうがよく伸びる。
単刀直入---たんとうちょくにゅう
意味的には誰もが理解していると思うが、
イメージが“短い刀を真直ぐ突く”になっていないだろうか。
実は元の意味は“単身で敵中へ斬りこむ”ことから。
それが転じて遠まわしな言い方をせず直ちに要点に入る意味に。
目を皿にする---めをさらにする
私は薄い皿のように目を細めて探すと疑いもなく思っていたが、
実は皿は皿でも上から見た丸い皿のことだった。
なんてこったい。
ちょっと考えたらわかるだろうに。
人間 驚いたり、探したりする時は目を大きく見開くじゃない。
まだまだこの手の勘違いはいっぱいありそう。
ほうほうの体---ほうほうのてい
「ほうほう」とは何ぞや?
これは漢字になると、一目瞭然。
「這う這う」。
そうだったのか。
這い出すようにやっとの思いで逃げ出す様子。
もう一つ、
「そりが合わない」の「そり」は「刀の反り」のこと。
刀はその反り具合が鞘と合っていないと、おさめることができない。
ここから「気が合わない、うまく関係を築けない」とういう意味に。
海獣のトドのことかと思ったら、
「とど」は魚のボラのことだった。
ボラは
ハタ→オボコ→スバシリ→イナ→イナ→ボラ→トド
というように成長にしたがって呼び名が変わる、出世魚。
最後の名前がトドなので、トドでおしまいということから
「トドの詰まり」となった。
しかしそれだけ呼び分ける程、七変化する魚なんだろうか。
檄を飛ばす---げきをとばす
「活を入れる」「叱咤激励」というような意味で使われているが、
「檄」の本来の意味は「人々を緊急に招集する」というもの。
昔の中国の「徴召の文書」のことで、それを方々に急いで送って人を集めた。
漢字が思い出せない言葉は、けっこ意味違いに取られていることが多いと思う。
「活を入れる」も「気合を入れる」とか「渇を入れる」と思われているが、
正しくは「活」--精気の無い状態に刺激を与えて、活気を取り戻させること。
大きな声で叱ることではないのだ。
衣擦れの音---きぬずれのおと
*
着物(衣)のすれる音の意味。
*
私は「きぬずれの音」といったら、
どうしても美しい絹の着物と秘め事をイメージしてしまう。
黒髪の美しい女性、夜の帳、絹擦れの音、妄想が・・・・。
一方 「歯に衣着せぬ」(はにきぬきせぬ)は「衣」で納得。
白河夜舟---しらかわよふね
*
見てきたような嘘
前後不覚の熟睡
*
「白河夜舟」の由来は、
-- -- --
ある江戸っ子が 京都見物をしてきたことを得意気にしゃべっている。
それを聞いていた男が 出まかせに違いないと察知してカマをかけた。
「ところで白河はどうだったい?」
すると
「ああ、白河か。夜の舟で通ったもんで、とんと何も見えなかったな」との答え。
してやったり。
白河は左京の地名で、川の名前ではなかった。
というわけで 男の話しがホラ話であることがバレてしまった。
-- -- --
そういう話しが「白河夜舟」という4文字に凝縮されたのだ。
落語の「酢豆腐」という知ったかぶりのおもしろい噺を思い出した。
<読み方で意味が変わる熟語>
・大家
たいか(権威、家柄のいい家)
おおや(やぬし)
・仮名
かな(平かな、片かな)
かめい(仮につけた名前)
・活花
いけばな(華道のこと)
せいか(造花でなく生きた花のこと)
・市場
いちば(競り売りの場、お店の集まった場)
しじょう(マーケット)
・心中
しんちゅう(心の中)
しんじゅう(情死)
・大勢
たいせい(大きな流れ、動き)
おおぜい(人数が多い)
「大勢」と「市場」はわかっちゃいるけど迷わせる読みだ。
こういう熟語は掘り出せば まだまだあるのだろうか?
押っ取り刀---おっとりがたな
*
腰に刀を差す暇もないほど急いで、刀を手に取ったまま駆けつけるという意味
*
ゆったり構える様子を表す「おっとり」とは違うのだ。
私はすっかり勘違いしていて、苦労しらずのおバカなお代官をイメージしていた。
しかし今時 「押っ取り刀で駆けつけました」なんていう人います?
読みの難しい漢字を集めてみました。
でも小学校で学んでいるハズなんです。
恥をかく前に確認、確認!
愛想/あいそ 行脚/あんぎゃ 回向/えこう
音頭/おんど 合戦/かっせん 甲板/かんぱん
功徳/くどく 境内/けいだい 還俗/げんぞく
声色/こわいろ 権化/ごんげ 建立/こんりゅう
赤銅/しゃくどう 成就/じょうじゅ 精進/しょうじん
正札/しょうふだ 出納/すいとう 相好/そうごう
相殺/そうさい 大音声/だいおんじょう
内裏/だいり 読本/とくほん 凡例/はんれい
母音/ぼいん 発疹/ほっしん 謀反/むほん
羊はいまでこそ家畜としてたくさん買われているが、
大昔はとても珍しい動物で貴重なものだったようだ。
それが漢字に残っている。
・羊 + 大 → 美
・羊 + 食 → 養
・羊 + 言 → 詳
・羊 + 示 → 祥 (しめすへん)つまり神
ヤギ(山羊)は字は似ているが羊とは別の動物ということだ。
ヤギは丈夫で飼育が楽で、餌代もかからず、
食料危機時代のホープみたいな話を聞いたことがあるが、
あまりヤギ農場が増えているようには思えない。
なぜに?
どっちが音でどっちが訓が忘れてしまったので復習。
<音>
正確には「字音(じおん)」、漢字の発音を意味する。
中国語の発音をそのまま使ったもの。
<訓>
漢字が入ってくる前からあった日本語に、同じ意味の漢字に当てはめたもの。
例えば「筆」
「ヒツ、ヒチ」が音読み
「ふで」が訓読み
ほー、「音」は輸入品、「訓」は国産品ってことだ。
音読みが複数あるのは、輸入した時代で言葉が変化したため。
「初め」と「始め」は以前も取り上げたが、シンプルで明確な使い分けを見つけた。
初め---first
始め---start、beginning
こう理解したらスッキリ頭に入った。
“初めて出会ったのは去年の春、もう付き合い始めて1年になる”
なんて例文もバッチリ。
このブログは、何より自分のための辞書になっているなと最近思う。
調べて記録することで記憶に刻まれるだろうと思っていたが、
時々 忘れてこのブログを見直したりしている。
「千変万化」なんて何度も開いている。
拾い集めた言葉たちがどんな広がりを見せるか楽しみになってきた。
千紫万紅---せんしばんこう
*
さまざまな花の色。また 色とりどりに咲く花。
*
初めて知った言葉だが、
「千の紫、万の紅」という表現がいい。
紫といえば すぐにラベンダーが思い浮かぶが、
昔から日本にあっただろうか?
一面に咲き乱れる紫や紅色の花って何?
皐月(さつき)、コスモス、・・・・思いつかない(苦笑)
赤や黄色でないところが日本的な色表現だ。
「ききうで」の「利き」が思い浮かばなかった。
“応用が利く、機転が利く、顔が利く、学割が利く・・・”
日常的な言葉だが、私はほとんど漢字を使っていなかった・・。
同じ「きく」でも「効く」があてられるのは、
“効き目がある、宣伝が効く、暖房か効く、皮肉が効く”
話すのは普通にできるが、漢字を振り分けるのはちょっと考えてしまう。
猫も杓子も---ねこもしゃくしも
元は「禰子も釈子も」で、その意味は
・禰子(ねこ)
神官の長を神主(かんぬし)
神主の下の位を禰宜(ねぎ)
禰宜の子孫を禰子(ねこ)
・釈子(しゃくし)
お釈迦さまの弟子。
(お釈迦さまの教えを受け継ぐ者という意味)
つまり 日本では昔、宗教といえば仏教と神道の二系統だったので、
お釈迦さまの弟子も 神様の弟子も → だれもかれも。
それが字が難しいかったためか、
「禰子」→「猫」
「釈子」→「杓子」
いつのまにか文字が化けて、語源がまるでわからなくなってしまった。
「絶対」
絶対安静、絶対音感、絶対多数・・・
それでは「ぜったいぜつめい」は?
「絶体絶命」なのです。体が命なのです。
引っ掛け問題になりますね。
絶対××などの4文字漢字はお堅い言葉なのに、
おしゃべりの「ゼッタイ、ゼッタイ」はカタカナに聞こえる。
「ウソー」とか「チョー」と同じ並び。軽い
無意識に「おちゃのこさいさい」って使っちゃってるけど、
「お茶の子」って何さ?
「お茶の子」とは、
お茶に添えて出されるお茶菓子のこと。
簡単に食べられることから簡単にできるたとえとなった。
(別説)
朝食の前に食べる「茶粥」のことを「お茶の子」と言う地方があり、
そこから「朝飯前」の意味になった。
「さいさい」は、はやし言葉。
「お茶の子さいさい」ってウキウキ感がある、楽しい言葉だ。
現状維持できれば「おんのじ」だと言った時、漢字が浮かびますか?
「おんのじ」は「御の字」です。
「御」の意味はありがたいこと。「御」を付けたいほどのもの。
最近はなんにでも「お」をつける傾向がありますが、いまだに私は「お受験」にはなじまない。
「お」をつけるよりも 言葉使いに気をつけたほうが品がいいと思う。
「おいさき」って聞いた時、あなたはどう受け取りましたか?
「おいさき」には、漢字違いの言葉が2つあります。
「生い先」と「老い先」
(育ち行く先、将来)と(老人に残された生涯)
なんて皮肉な同音異義語でしょう。
私には子供がいないので、老い先ばかりが心配されます。トホ
直伝---じきでん
*
秘伝・奥義(おうぎ)などを師から直接に教え授けられること。
*
コーラ原液の製法は最高機密事項で、製法は2人しか知らないそうです。
彼らは同じ飛行機に乗ることを禁止され、
もし1人が死んだら、残された者が後任を選出し、
口述で製法を伝えることで綿々と秘密を守り続けている。
合理主義の国アメリカで、このデジタルな時代に
思い切りアナログでシンプルな機密保護対策は意外だった。
代替---だいたい
*
他の物で代えること。かわり。
*
みんな「だいかえ」って言ってけど、どっち読みが正しいの?
「だいかえ」は口語的表現だそうです。
ちなみに「代える」と「替える」の使い分けも迷う。
・代える---あるものに他のものの役目をさせる。代理。
・替える---別の新しいものと取り替える。入れ替え。
さらに「交代」と「交替」に至ってはほとんど同じ意味になるので、悩ましさ98%。
正確に使いわけるならば、
「交代」は1回限りの場合、
「交替」は繰り返される場合。
スピード勝負の入力時に一瞬で判断・選択できるか!?
「温かい」と「暖かい」の使い分けも微妙。
迷った時は、それぞれの反対語で考えてみるとよいみたいです。
温かい--冷たい
暖かい--寒い
使用例>
温かい料理、温かい家庭、温かい気持ち
---
暖かい冬、暖かい日差し、暖かい色
上げる、挙げる、揚げるの違いは?
「上げる」・・・位置・程度・価値などを高くする。終える。
「挙げる」・・・主に はっきりわかるように示す。
「揚げる」・・・高く掲げる。ふわふわと浮かべる。
水上・水中から陸に移る。
天ぷら・フライなどが ほどよく熱が通ってできあがる。
・強盗は「手を上げろ」
・先生が教室で「手を挙げなさい」
・「効果を上げた」ならばアップさせたこと。
・「効果を挙げた」なら単純に出した・残したこと。
「挙げる」がイメージしにくいですね。
独壇場---どくだんじょう
*
その人だけが思いのままにふるまうことのできる場所や場面の意味
*
この言葉も元は独擅場(どくせんじょう)だったが、「擅」(ほしいまま)を「壇」と誤解して生まれたそうです。
辞書を開くことが多くなって、こういう変化していった言葉がたくさんあることを知った。
言葉は元祖だ、正統だと言ったところで、支持されなければ生き残れないのだ。
「修行」と「修業」
仏教の「業」(ごう)が浮かんで、「業」の方が「行」より厳しい感じがするが、修行の方が道は険しい。
以前 高野山修行僧のドキュメンタリーをみたが、すごかった。
食事は生きるにぎりぎりの粗食で、肉体を極限までいじめぬく。
人間をぎゅっと絞りきる感じ。
そこまでやれば俗世の思考も振り落とせるだろうと思った。
○修行---しゅぎょう
*
仏道・学問・武芸を修める ・・・武者修行、修行僧、文章修行
○修業---しゅうぎょう
*
技術などの修得のために努力する・・・板前修業
「管」と「菅」も間違いやすいので調べていたら、
「くだをまく」が「管を巻く」と書くことを初めて知った。
語源は機織りの糸巻き。
紡いだ糸を「管(くだ)」と呼ばれる細い軸に巻き付ける作業が「管巻き」で、この作業中 糸車はブウブウとうるさい音を立てて回ったことから酔っ払って取るに足らないことを繰り返ししゃべり続けることを「管を巻く」というようになった。
それにしてもそんな言葉が今に伝わって残っているなんて不思議。
「管」と「菅」も似て非なるもの。再確認した。
・「管」
くだ(pipe、tube、duct)
・「菅」
水辺に生える多年草。狭義では、「カサスゲ」を指す
「始め」と「初め」
いまだにどっちを使うべきか悩む。
ワープロの変換時に説明が出てくるが、何度読んで明快な基準を見出せない。
漢和辞典で調べたら、
「初」 (はじめ、はじめて、はつ)
衣と刀から成り、きじを刀で裁断することが、着物を作るはじめであるところから“はじまり”の意。
「始」 (はじめる)
女と、最初の意を示す台(イ)とから成り、最初の女、長女が原義。転じて“はじめ”の意になった。
へーー。こんな語源だったのだ。
「あがりがまち」の話しが出て、字がまったく思い浮かばなかったし、
正確にどの部分を指すのかあいまいだったので調べてみた。
框---かまち
*
框とは、床の間や玄関など、床に段差があるとき、高いほうの床端に取り付ける化粧用の横木のこと。
また、窓や扉本体、障子などの周囲の細長い枠も框と呼ぶ。
化粧用の横木の框は、玄関の上がり框が代表的で、ほかに、床框(とこがまち)・縁框(えんがまち)などがある。いずれも目に付く場所なので、ヒノキなどの銘木や高価な塗り物の材料が用いられることが多い。
*
web上に建築関係の図入りの説明がたくさんあっておもしろかった。
気色ばむ---けしきばむ
*
1、怒りを表情や態度に表す。
2、兆しが見える。様子が外に現れる。
3、気持ちが顔色などに表れる。
4、様子をつくる。意味ありげな様子をする。
*
ほとんど怒りやを態度に表す意味の「気色ばむ」しか使っていなかったが、奥ゆかしい意味もあったのだ。
ここでなにげに気色つながりで「気色悪い」を辞書検索してみたのだが、
どこの辞書にもない、ない、ない。
「きしょくわるい」は方言だったのだ! えーーっ
でもわかりますよね?
興味津津---きょうみしんしん
*
興味が尽きないさま。あとからあとから興味がわくさま。
*
読み間違いのベスト10かもしれない。
いつも「興味つつ」って読みそうになる。
「津々浦々」は「つつ うらうら」なんだから。
書き間違いに「興味深々」があるが、
「深深」は
1、 〔夜が更けたり 雪が降ったり して〕あたりが静まりかえることを表わす。
2、 寒さが身にしみ通ることを表わす。
「津津」は
あふれ出て尽きないさま。
津波のイメージから?
「やむおえない?」 「やもうえない?」 「どういう漢字?」って聞かれて、
アレっ?? 字が思いつかなかった。
いつの間にか「やもうえず」になっていたが、
成り立ちは
止むを得ず(やむをえず)
止む(已む)事を得ずの「こと」が省略されたもの。
語源が忘れられると、言葉はどんどん変質してしまう。
「おざなり」と「なおざり」こうして並べてみると意味の違いがよくわからない。
「御座成り」
お座敷などで その場での間に合わせといった意味から。
「おざなり」はいい加減ではあるが一応物事をするのであるが、
「なおざり」は無視してほうっておくこと。
似ているが、意味は違っている。
おざなりな付き合いをしていると、友人からなおざりにされるてしまうよ。
一攫千金---いっかくせんきん
*
一攫み(ひとつかみ)で千金を得るの意。大金を一度にもうけること。
*
「いっかくせんきん」は一獲千金とも変換され、どっちに変換しようか悩む。
これは新聞が独自に考案し今も使用している言葉の一つ。
他にも
臆病>>憶病
饒舌>>冗舌
鳥瞰図>>鳥観図
風光明媚>>風光明美
などがある。
「おくびょう」などは確かに「憶病」のほうがふさわしい気がする。
愚の骨頂---ぐのこっちょう
*
この上なくばかげていること。
*
「骨頂」とは 程度の最もはなはだしいこと。
現代では悪いことについて用いる。
しかし骨の頂って、具体的な骨の部分を指していたのだろうか?
ついでに
「真骨頂」・・そのものの本来の姿。真面目(しんめんもく)。
「十分」と「充分」
どう使い分けるのかと疑問だったが、本によると
本来の形は「十分」。
「充分」は“充足”などの類推から出たもの。
なお“十二分に満足する”というとき、“充二分”とはできない。
「十分」だけだと、「じゅうぶ」「じゅっぷん」「じゅうぶん」と3通りの解釈ができる。
さいとうさんといったら いろんな「さいとう」さんがあってどれが正しいか悩む。
ごちゃごちゃとした難しい字だし、
間違っては失礼になるし、ほんと神経を使う。
*
斎と斉は別字で読みも意味も異なる。
斎---書斎・潔斎・斎場の「サイ」
斉---一斉に・校歌斉唱の「セイ」
齋---斎の旧字体
齊---斉の旧字体
*
ちょっとスッキリした。
一生懸命---いっしょうけんめい
*
1、命がけで物事をすること。全力をあげて何かをするさま。
2、引くに引けないせっぱつまった状況。せとぎわ。
*
普通に「いっしょうけんめい」を使っていたが、
元はと言えば、
「一所懸命」 (いっしょけんめい)
武士が命がけで所領を守ろうとする意味から、
後に命をかけるほどの差し迫った事態の意に転じて、
「一生懸命」とういうようになり、今ではこちらが優勢になっている。
どっちが正しいのという言葉はまだまだあると思うが、
学問的には正しくても圧倒的に少数派になってしまったら、
それはもう席を譲るしかないだろう。
力関係が均衡している場合が困るよね。
好事家---こうずか
*
変わった物事に興味を抱く人。物好きな人。また、風流を好む人。
*
あまり「好事家」は使われていない気がするが、
私の周りにないだけで、今も活き活きと使われているのかも。
最近は「オタク」で括られているような・・・
「好事家」といったら盆栽とか茶器とか骨董とか風流な趣味人を思い浮かべる。
論う---あげつらう
*
1、物事のよしあしについて論じ合う。
2、欠点・短所などをことさらに言い立てる。
*
「あげつらう」と言う時、2の悪い意味しか頭になかった。
汚い言葉のように思っていたが、「論う」になると印象が変わる。
最近 論じる意味合いで使われているだろうか。
それにしても「論う」は書けないどころか読めなかった。
倦む---うむ
*
同じ状態が長く続いていやになる。あきる。
*
「倦まず、弛まず、諦めず」
何かで目にした1行だが、
ちょうどいいくらいで維持するってたやすくない。
人間がんばりすぎると たいていやりすぎてしまう。
もっともっとという気持ちが いつの間にか自分を追い詰めていたりする。
あきずに楽しく続けることはとても難しい。
ちなみに
「緩む」は結んだ糸にゆとりをもたせることから
「弛む」は弓の弦がダラリとゆるむことから
清々しい---すがすがしい
*
「すがすがしい」を変換して「清々しい」が出てきた時は ちょっと以外な気がした。
爽快の「爽」とか、「晴」のような もっと違う字があてはまると思っていた。
清らかさが「すがすがしい」なのだ。
*
気恥ずかしいことを言えば、
「清々しく生きる」は私のモットーだ。
多少のお金のために魂を売るようなことはしたくない。
物を所有しない気楽さをおおいに楽しみたいと思う。
遁走---とんそう
*
逃げはしること。のがれはしること。
*
どうしても豚走を連想してしまう。
太っちょがドスドス埃ををあげて逃げていくカット。
本来の意味はシリアスなのにね。
関連語で遁走曲が出てきたが、これが「フーガ」の意味とは。
思わぬ拾い物をしてしまった。
フーガ(イタリアfuga)
多声音楽の様式の一つ。
主題が提示され、それに答えるように属音度に移調された同形の旋律が現れ、
先行主題は追いつかれないように逃げて行く形で反復される楽曲。
バッハの「フーガの技法」は有名。遁走曲。
依存---いそん
*
1、他のものにたよって成立・存在すること。
2、〔論〕「依属(いぞく)」に同じ。
*
私はずっと「いぞん」だと思っていたので、「いそん」の方が本筋だと知った時は荒川選手のイナバウアー程にのけぞった。
口腔「こうこう」も素直に読めば「こうくう」だし、
医学での慣用読みでは「こうくう」も正解なのだ。
こういう言葉は非常に困る。
たとえば、5人が5人「こうこう」しか認識していない集団で、
「こうくう」って言った時。
・・・・・・・・・
娑婆---しゃば
*
1、梵語のsabaの音訳。煩悩の世界。この世。人間世界。
2、刑務所などに対して、その外の自由な世界。
*
最近は もっぱら2の意味の
「シャバの空気はうめーな」みたいな使われ方ばかりだが、
元は仏語からきている。
もっと違う音訳はなかったのだろうか。
女、女と続いて、重苦しい字ですよ。
この世に女ありて、煩悩の種はつきないことよ
ということでしょうか。
妖、媒、妬、嫉、嬉、嬬、妄、妨、委、始、奴、姑・・・
漢字の女へんには ネガティブな女の歴史が覗く。
惹起---じゃっき
*
事をひきおこすこと。事件・問題となる事柄などをひき起こすこと。
*
ジャッキ? 持ち上げる器具のジャッキしか思い浮かばなかった。
使ったことないどころか始めて認識した言葉かも。
webで検索してみたら、科学や生物の文献では常用の言葉のようだ。
知ってる人は知っている。
芸術家、デザイナー、研究者、医者、弁護士、会社員、職人・・・
その人の属する世界ごとにボキャブラリーの偏りがあることだろう。
ちなみに 惹句(じゃっく)という言葉もありました。
--人の心を誘う文句。特に宣伝広告文などについていう--
日本語とは思えない。
遵守---じゅんしゅ
*
目上の人から言われた事や法律などを、よく守ること。
*
比較的よく使われる言葉だと思うが、活字を読むときに
私は「じゅんしゅ」とスルリと出てこない。
どうも「遵」が「そん」に読めてしまうからだ。
「遵」を漢和で調べると、
1、したがう (遵う)
2、よりそってゆく
3、ならう
遵拠(じゅんきょ)、遵法(じゅんぽう)、遵奉(じゅんぽう)
法律家ご用達の言葉のようだ。
「侃々諤々」と「喧々囂々」
どちらもワーワーうるさいことだと思っていたが、内容的にはちょっと違う?
音だけで十分状況が伝わってくる言葉だ。
・侃々諤々(かんかんがくがく)
何の遠慮もせず盛んに議論すること。
・喧々囂々(けんけんごうごう)
發言が多くてやかましいさま。
たくさんの人が口々にやかましくしゃべる様子
国会の場は喧々囂々だろうか。
たまにニュースで見ると野次ばかり飛んでいるような。
さらに分析してみると
・侃侃(かんかん)
強く、正しいさま。
・諤諤(がくがく)
ありのままに正しく言う。
・喧
やかましい
・囂
頭を寄せ集めてがやがやいい騒ぐ意。
ここまで調べると、「喧々囂々」はたんにうるさいだけだとハッキリした。
内容のある議論をされている方たちに「喧々囂々」と言わないように!
刃傷沙汰---にんじょうざた
*
刃物を持って争うこと。刃物で他人を傷つけること。
*
「にんじょうざた」を男女のもつれによる「人情沙汰」だと勘違いしていた。
落語や歌舞伎のお話によくあるような、情のからみあいから起きた哀しい事件。
ずいぶん方向違いの勘違い。
忠臣蔵で「にんじょうでござる、にんじょうでござる」もずっと勘違い。アチャー
「刃」---「やいば」
「刀傷」---「かたなきず」
「刃」と「刀」を再認識した。
忸怩---じくじ
*
自分のおこないについて、心のうちで恥じ入るさま。
*
じくじの音から勝手にジクジクと湿っぽく心に抱える様を思い浮かべていたが、
別にくよくよ湿っぽく考えているわけではなかった。
よくある私の勝手な思い込みのパターンだ。
「忸」も「怩」も共に恥じる意味なので、非常に恥ずかしいってことね。
「忸怩」は記者会見などで耳にする言葉だが、書ける人はまあ「漢検」受ける人ぐらいでしょ。
千変万化---せんぺんばんか
*
いろいろさまざまに変化すること。場面、事態、様子などが、つぎつぎと変化していくこと。
*
珍しい言葉ではないと思うが、いざ口に出して読むと
「せんべんまんが?」 「めんげ?」 とはなはだあやしい。
「せんぺんばんか」っていう音もなめらかでないっていうか、言いづらいと思う。
目では読めても、音で出しにくい言葉だ。
「せんぺんばんか」「せんぺんばんか」と口に出して脳に刷り込んだ。
傀儡---かいらい
*
(1)陰にいる人物に思いどおりに操られ、利用されている者。
(2)操り人形。くぐつ。
*
塊も儡も繰り人形の意味だが、字をじっと見てかってに想像してみると、
塊からは土でこねた無骨な像を、 儡からは田んぼの案山子が目に浮かぶ。
しかしこの2字から思い浮かぶのは おどろおどろしい繰り人形。
痙攣---けいれん
*
筋肉が自然にひきつること。また、それにともなうふるえ。
*
見ても書けない。画数の多い難解な字だ。
私は時々まぶたがピクピクと痙攣することがあるのだが、
ものによると
----
これは不規則で持続時間が長い筋肉の小さな不随意運動で、
下位運動神経(ニューロン)に異常な電気活動が生じ、
その支配下にある筋繊維が興奮して起こると考えられています。
また、疲れたときや眼精疲労、寝不足が原因で起こることもあるが、
眼が疲れたからといって必ずおこるわけではないようです。
----
顔面神経痛の心配をしてしまうが、幸いにいつの間にか治ってしまう。
私の場合 心配事があると出るような気がする。
団塊---だんかい
*
(1)かたまっているもの。かたまり。
(2)物質の分離・濃集により、堆積物中にできた結核体。
――の世代
第二次大戦直後数年間のベビー-ブーム時に生まれた世代。
*
たましいの魂「こん」と見間違って「だんこん」と読んでしまってから、
いまだに読み違えそうになる。
「だんこんの時代」では洒落になんない。
団塊の世代はその数だけでなく、パワーがあると思う。
多勢のなかで 揉まれて逞しくならざるをえなかったのかもしれない。
禍福は糾える縄の如し---かふくはあざなえるなわのごとし
*
災いと福とは、縄をより合わせたように入れかわり変転する。
吉凶は糾える縄の如し。
*
「糾う」--「あざなう」--(糸やなわをよりあわせる)
この意味がわかっていなかったから、理解がぼんやりしていたのだ。
言いえて妙な言葉とは思うが、実人生に於いては災難は折り重なってやってくる感じ。
とてもかわるがわるとは思えない。
しかし全人生を通してみたら、 禍も福も同じだけ与えられているのかもしれない。
そう考えて 一喜一憂しないでおこう。
似たようなことわざは中国にもあった
人間万事塞翁が馬---にんげんばんじ さいおうがうま
*
人間の禍福は変転し定まりないものだというたとえ。
「淮南子(人間訓)」
昔、塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。
老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、
おかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であったという話から
*
稟議---りんぎ
*
官庁・会社などで、会議を開くほどに重要でない事項について、案を関係者に回してその承認を求めること。
*
稟議書という言葉は、企業人にとっては馴染みのものかもしれないが、
私のようにこの書類に関わってこなかった者にとっては、
「それって何」ってかんじ。
まずこの「稟」という字がまったく見慣れないから、
なんのイメージもわかない。
英語にもどして英訳からたどってみると、
consultation via circular.
稟議書 a document sent around for managerial approval.
承認を得るための回覧文ってとこで理解しとこ。
更迭--- こうてつ
*
ある地位に就いている者を他の者にかえること。
ある役職の人を替え改めること。
*
私には左遷のイメージが付きまとうのだが、
漢和辞典で「迭」から調べても、かわりあうという表記のみ。
だが実際的な話し、問題が生じたからの移動であって、
やはり左遷の意味あいになるのか?
すっきりしない言葉だ。
尚早--しょうそう
*
それをするには時期が早すぎること。まだその時期でないこと。
*
なぜかいつも「しょうそう」か 「そうしょう」で迷ってしまう。
魔法をかけられているみたいに不思議なほど脳に定着しない。
思うに 尚は「なお」でなじみだが、「しょう」はほとんど登場しないからか。
あっ! 和尚という字があるか。今 気づいた。
和尚の「しょう」に早春の「そう」、これでもう大丈夫 脳に刻んだ。
他にもいっぱいこういう例がある。
経理でお馴染みの相殺(そうさい)も「そうさつ」の呪縛から解放されるのにけっこうかかった。
傲慢(ごうまん)も「ほうまん」と読み違って幾年。
最初の刷り込みに失敗してしまうと、なかなか修正がきかない。
私だけ?
青息吐息--- あおいきといき
*
困難な状況におかれたときにつく、ため息。
また、そのため息が出る状態。
*
私はずっと「せいそくといき」と思っていた。
使用頻度のある言葉だと思うのだが、ずっと訂正されずにきたのが冷汗もの。
意味を知らない人にこの字を見せたら、
ネガティブな青息ではなく、
青春の爽やかな青と受け取って 甘やいだ意味合いに思うかも。
矜持---きょうじ
*
自信と誇り。
自信や誇りを持って、堂々と振る舞うこと。
きんじ。プライド。
*
林真理子の小説で知った、私の人生でまだ使ったことのない言葉。
今後10年の間に使用頻度3%以下になりそうな言葉、
なんて思ってしまうのは矜持を知らなかった私だけの感想か。
この格式ある言葉をさりげなく使ってみたいものだが、ちょっと気恥ずかしい気もする。
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